2007年06月06日

たまにはこういうこともある

アタマの足りないやつ、と思われているらしい。

プライベートではなく、職場で、だ。
仕事に関する能力が足りなくて、職場で多大な迷惑をかけているとか、そのせいでただでさえ安い時給を下げられたとか、給与がもらえらないとか、そういうのは実際に困るんだけど。。。

そうでなければ、まったく困ってもいないし、不愉快な思いもしてないのだけど、同僚の人たちが、私の事をあまりにもかわいそうだというので、どこがどんなふうにかわいそうなのかを、聞いてみた。

今の職場のチームには、派遣の私と、勤続7年くらいの(私から見れば)若い契約社員の女の子と、定年後嘱託として延長雇用になったおばさま上司がいるのだが、このおばさま上司がとんでもなくクセのある人なのだそうだ。

ただ、定年前にいた部署柄、素晴らしく人付き合いの幅が広いので、来社する人間のほとんどを存じ上げていらっしゃるという(舌噛んじゃった(笑))そういう面も、現在の上司たちにとっては、やりにくい、扱いづらいという面もあるのかもしれないが・・。

私より若い同僚たちが、そんなに毛嫌いする理由がイマイチ理解できない。

よけいなことばかりしゃべりすぎ=私は事情通なのよ!という自己顕示欲の表れでウザイ!ムカつく!

自慢話多すぎ&長すぎ(家族のことや、定年まで勤め上げ、部長まで昇格したことや、地元の有名人と知り合いだとか、自分の給与の高さや、子どもたちの自慢?)

他人のプライベートにズカズカ踏み込みすぎ!で、それを言いふらす!

「あんたのことだって、『離婚して子持ちのくせに、こんな大企業に(地方ってのはこういうのがあるんですよ)たとえ派遣でももぐりこめたのは、色目使って人事部長に取り入って契約更新しているからに違いない!』とか言われてんだよ!!」

だそうな(笑)

人事部長なんて、かけらも知らない人ですってば。
だってフロアが違うし、かかわりのない部署だし、面接の時5分ほど顔みたくらいで、口きいたこともありませんって(笑)でも、おばさまの脳内では、そういうことになっているらしくて、あちこちの部署に行って、私の事をそういうふうに言いふらしているんだよ!と、今日同僚がえらい勢いで怒りながら教えてくれた。

「気付いてたでしょ?なんて言われてるか・・・」

(私は気付いてなかったし、気付いてもどうにもしようがないと思う・・)

「あんたは何にも言わないからババアだって付け上がるんじゃん!これって、明らかにセクハラだよ?」

(なんかこういう人って、男女かかわらずどこでもいるし、慣れてるし・・・)


そういえば、先日、私のいる部署のブースに同僚がきてて、雑談してたとき、

「Sさん、それっていくらなんでもあまりにも失礼な言い方じゃないですか!」

と、同僚が顔色を変えておばさま上司に怒鳴ったことがあった。

私は、そのおばさま上司が言ったことよりも、同僚がなぜ怒ったのか?がわからず、困った。

「あなたみたいな女は、パトロン探しに派遣で大企業を渡り歩くのよね〜?で、良い男(ひと)は見つかったの?流し目ひとつ(このあたりが昭和を感じさせるなぁ(笑))で男なんてイチコロでしょ?」

と、そのおばさま上司が言ったからだった。

私が、派遣で転々としているのは、ただ単に、正社員として雇ってもらえるだけの能力もないからだと思うのだが・・・・目的があるとすれば、「その日一日をなんとか生きること」だけなので、そこまで考えてない。

きょとんとしている私に、怒っておばさま上司に反論していた同僚は、

「こいつは顔で笑って心で泣いて、ガマンしているんじゃなくて、自分が侮辱されている、ということが本当にわからないんだ。だから何に対して腹を立てているのかが理解できないんだ・・・。」

ということを悟らせたようだ。それも腹立たしい、というようなことを言われた。

私のために一生懸命になってくれる同僚の気持ちは、ありがたく受け止めなければいけないのだろうけど、もっともっと、いろんなことを言われて、それを日常として生きてきた私には、それほど激昂することとは思えない。

かたわ  

とか、

せいしんしょうがいしゃ

とか、

パンパン

とか、

平成生まれの人にはなんのことやらわかんないだろうな〜と思われることを言われながら、つい数年前まで日常生活を送っていたので、すみません、と言おうと思ったが、

「興味本位の人間に楽しい釣りエサを与えるな!自分のことは極力話すな!」

そういわれていることを思い出し、引きつった笑いで適当に流してきた。

普通の人間らしく、こういった言葉を聞かされて、激昂する日がくるんだろうか?と思った。

そうなるためには、絶対的に欠けている「自尊心」とやらを育てなければいけない。

カタギの世界での経験もスキルも足りない。

脳みそだけじゃないんだ、私に足りないのは。
posted by manmosu at 23:40| 沖縄 曇り| Comment(28) | TrackBack(1) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

現在・・・・

家ん中・・・・・


強盗に入られたようになっています・・・。


何もやる気がないからです。


困ったもんです・・。


posted by manmosu at 21:36| 沖縄 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

私は、差別を受けていたのかもしれない

私の片耳は難聴であるにもかかわらず、ある種の音や声には過敏なほど反応してしまう。
酔っ払いの男のダミ声、威圧的にキャンキャンしゃべる女の声、ドアをバタンと強く閉める音、食器をガチャガチャいわす音などで、パニックを起こす事がある。
その様子は、まさに『発狂する』という言葉がふさわしいかもしれない。

小学生の時、パニックを起こしたら、うずくまり動けなくなってしまうので集団行動に支障をきたす。
担任は、集団と同じことができない私を罵り、よく殴った。

「このきちがい!」

「カタワめ!」

「精神障害者め!」(←これはあたってるけど)

教師という職に就いている人間は、差別用語を平気で口にする人間が多かった。
私は、小学生の間、『被差別部落』と呼ばれる地域に住んでいた。
その被差別部落でも差別を受けていた。
なぜかというと、私の家は昔からそこの住民だったわけではなく、たまたま知らずにその被差別部落がある地域の借家の家賃が安いから、という理由で引っ越してきた『ヨソモノ』だからだった。

町内会(自治会)にも入れず、回覧板も私の家だけ飛ばして回す。
だけど、町内会長のじじぃは、「かわいいかわいい」と言って、私の身体を触ったり、レイプした。
町内の子ども会にも入れず、集団登校のときには、車道に突き飛ばされ車に轢かれそうになったり、「お前は部落の子じゃないだろ」と言ってリンチを受けた事も何度かあった。
着ていた洋服はびりびりに破れ、顔は腫れてアザになり、学用品や文房具なども取り上げられたりした。
家に帰って親にそのことがバレると、さらに責められるのだった。

「貴様はなんでやり返さないんだ!今からそいつの家に行ってやり返して来い!」

と言われた。「やり返してくるまで帰ってくるな!」とも。

もちろんやり返すなんてことはできなくて、いつまで経っても家に帰れず夜中までフラフラして、結局警察に保護されるという繰り返しだった。
警察で住所を聞かれ、住所をいうと、

「あぁ・・・あの部落の子なのか・・・」

と顔をしかめて苦笑しながらため息をついた。
当時は警察も立ち入れないような地域だったらしい。

いろいろありすぎて思い出せないが、「部落」と呼ばれてる人たちの生活は、とても裕福だったような気がする。うちは本当に貧しくて、給食費が払えなかったりなんてしょっちゅうだったし、私は一学年上の兄のお下がりのダボダボの洋服を着ていて、新品の洋服などは買ってもらったことはないし、家の食事は両親の酒の肴がおかずだったし、小遣いというものももらったことはなかった。

当時、家に車があるのは、自営業の家とか、税理士とか弁護士など裕福な家の子しかいなかったのだけど、「部落」の人の家にはほとんど車があったし、その子ども達もいつも小奇麗な洋服を着ていて、女子は可愛らしいキャラクターのついた文房具や小物をたくさん持っていて、皆からうらやましがられていた。

部落の中で差別を受けていたのは私だけでなく、実父も養母もそうだった。
実父も養母も『部落の人間はこれだから・・』『やっぱり部落のヤツらは家畜以下だ』などと、いつも近所の悪口や愚痴を垂れ流していた。
そして、親のうっぷんは、私に集中して注がれたのだった。

「おまえなんかこの『部落の子』になってしまえ!」

とよく言われたものだ。
それでもいいと思っていた。
テレビで見た外国のストリートチルドレンのような生活でもいいと思った。
私は、毎日寝ても覚めても罵詈雑言を吐かれ、殴られる生活はうんざりしていた。
地域のホームレスのたまり場とされていたところに、数日隠れていたことも何度もあった。
学校へ行かなくても良い、家で理由も分からず殴られなくてもよいなら、ホームレスになってゴミ箱あさっているほうがどれだけましかしれない、と心底思っていたのだ。

「差別」をする大人を身近に見て育っている子どもは、自然と「差別」することを身に着けてしまう。
そのことに気付かず大人になっていく。
私は「底辺の人間」と周りの全ての人間から蔑まれて育ったので、自分はそういうものだと思い込んでしまって、あきらかな差別用語などを吐かれても何も感じなくなってしまった。
だが、自分以外の人間に「差別」をしている人間には、非常に過敏になった。

「被差別部落」で育ち「被差別部落」でも差別を受け、学校でも家の中でも差別を受け、まったく自分を受けれてくれる場所を持たずに人格形成期を過ごした場合、私のような人間ができあがるのかもしれない。

posted by manmosu at 11:47| 沖縄 曇り| Comment(11) | TrackBack(0) | ふと思い出したこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

はーめでたいやれめでたい♪

今日は、子まんも2号の入学式。

な・ん・と・あのおちびの2号が中学生ですよ!あなた!

真新しいセーラー服を着ての入場行進を見たときは、うるるときましたですよ。ええ。

私の頭の中では、下の子ということもあり、いつまでも紙おむつしてちょろちょろして「だっこーだっこーー」と言っていた頃のままなんですがね。

そういえば、先日の小学校の卒業式のときに貰った健康カード(だったかな?)を見ると、2号は小学校の6年間で40cm以上身長が伸びているんですよ。こりゃまたびっくり!

こちらに引っ越してきてから数年、夏休みと冬休みはほとんど故郷に帰省してるんですが、会う人がそのたびに驚くのがよくわかりましたわ。もう今は、クラスの中でも真ん中くらいでそんなにおちびじゃありませんでした。

私が中学生のときは、2号の小学4年当時くらいの身長&体重でしたから・・・それを言ったら、2号はとても驚いていました。


ところで、こちらの中学は、セーラー服の胸のところに直接フルネームと学校名を刺繍するんですね。そんで、学校指定の制服店というのが、たった2軒しかなくて、もう大変でした・・・。
不登校だった子まんも1号のお下がりの制服でも良いのだけど、からだつきがあまりにも違いすぎるのと、胸の刺繍はきれいに訂正できないということで、思い切って新調したのでした。

こちらの学校は、住宅と同じように「とにかく風通りの良さを一番に」考えて設計・建築されているので、ちょっと変わった造りになっています。
中庭のような部分をぐるーーっと丸く囲むように校舎が建っており、全ての教室はベランダ(バルコニー?)付き、吹き抜けの部分が多く、とにかく窓が多く、風が通るようになっています。
そして、上履きに履き替えません。土足です。
学校指定の靴や靴下、カバンもなくすべて自由。

面白いのが、校舎の屋上にプールがあること。
狭い敷地に無理やり建てたからスペースがなかったんでしょうねぇ。

明日から通常の授業に入ります。
幸い中学も徒歩10分もかからないとこにあるので、登下校はらくだろうと思います。

ちなみに私は、子どもの入場行進のシーンだけは身を乗り出してみていたのですが、その後のつまらん来賓あいさつだの校長の話だのは全て居眠りしてて聞いてませんでした。ぎゃはは(笑)

入場行進のときにかかってた音楽は、吹奏楽部の生演奏♪
これがまたしぶ〜〜いスウィングジャズときたもんだ。
良かったよ〜!

デジカメで撮影した画像は、記録メディアを読み込むものがうちにないので、会社でこっそりCDに焼いてこようと思います。
( ´,_ゝ`)
posted by manmosu at 00:01| 沖縄 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 子供たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

迷子の猫

不思議だなぁと思うこと。

私と長女は、20も年齢が離れていて、育った年代も環境もまったくちがうのに、時々同じものにすごく心を揺さぶられる。
何かがカチっとはまったように、同じものに惹かれ、ツボにハマる。

今より10年位前、大黒摩季という歌手の歌が大好きだった。
音楽の事なんて私はなんにも分からない。
でも、この人の作る歌、歌声は見事にツボにはまった。

私が車の中でいつも聴いている歌を口ずさむようになった長女も、いつも間にかはまって、自分の小遣いでCDを購入したりするようになった。

子どものころからいつも身近だった人気バンド、
サザンオールスターズのブームもきた。
古いアルバムを大人買いしまくり、DVDも購入し、歌い踊り狂う。
毎年、夏の観光シーズンになると、サザンは航空会社のイメージソングを発表する。その季節を心待ちにするようになった。
ふだん家で音楽を聴く習慣のない私の車の中のオーディオは、大黒摩季とサザンで埋め尽くされた。


最近静かにブームになって2人の好みに見事にはまってしまったものがある。

Stray Cats(ストレイ・キャッツ)

活動期間が短かったので、けっこうマニアック趣味らしく、このバンドの音楽の話ができるのは、もう幼なじみのおんなともだち一人だけしかいない。
その友だちは、つい先日わざわざ高い航空運賃を払って、沖縄まで会いに来てくれた。3年ぶりの再会だった。
子ども達は春休みだったが、私はどうしても仕事を休める状況ではなかったので、申し訳なかったが、一日だけ地元のライブハウスにいっしょに行き、朝まで踊り明かした。


私にとってストレイキャッツは2度めのブーム。
私が中学に上がったばかりのころ、ロカビリーバンドの頂点にいて、周りの男の子達はみな髪型をマネしたりしていた。

ボーカル&ギター、ウッドベース(コントラバスのことですな)、ドラムスの3人だけのシンプルな構成の分かりやすいロカビリーバンドで、ある種の音に過敏に反応してしまう私がうまれて始めて強く興味を持ったミュージシャンだった。

私は基本的に音が出るものがキライだ。
子どものころ〜年頃まで音楽番組を見ることもなかったし、芸能人の名前も顔も知らない、時代遅れな人間だった。今でもそうだけど・・ほとんどテレビも見ないし音楽も聴かない。
テレビのない生活も長かったし。

この「ロカビリー」というジャンル?の音楽を知ってから、この類の音楽にだけ反応するようになり、あちこちのライブハウスへ行くようになった。

インターネットを始めて数年が経って、最近はすごく昔のライブ映像なども見られることを知り、無料動画サイトなどで探しまくってライブ映像を見ている。

今、この年になって思うこと。
Stray Catsのウッドベースを弾いている男性が好みのようだ。
どんな人が好み?と聞かれたら、今なら(当時の)この人!と答えるかも。


どうやらセクシーなところがツボのよう。
男も女も私は、色っぽい人間にすごく興味を持ち、惹かれる。
自分が色気とは縁がないオッサン脳だからだろうなぁ(笑)

ボーカル&ギターの男性は、甘いマスクで今で言えばジャニーズ系?の色男(当時)だけど、セクシーさは感じない。なんていうか、中性的な「かわいい男の子」みたいな。

当時、コピーバンドやってた先輩たちは、このウッドベースをくるくる回しながら爪で弾く、というのを皆真似して必死で練習していたなぁと思い出し、微笑ましく思った。
また、サーカスのように、ウッドベースの上にぴょんと乗っかって弾く、というものも独特の彼等のスタイルだったのだけど、これはけっこう難しいらしくけが人が続出していた(笑)そりゃそーだ、相当バランス感覚よくなけりゃ無理だろう。

デビューは1979年とあるから、私が中学に上がったころはもう最初の活動を停止したころだったことになる。その当時の映像を見ると、まだ3人とも少年のような顔と体型で、必死に演奏している。私が始めて見た映像は多分デビューして数年経過したものだと思われる。その頃は、3人とも少年体型から大人の男の体つきにかわっていて、男っぽくなっている。

参考URL(興味のある方ドゾー)
http://www.youtube.com/watch?v=IGg3_T_FcOQ

私が初めてハマったと思われる頃
http://www.youtube.com/watch?v=zC-Gr6G_1Mc&mode=related&search=

その後、2回の活動停止と再開があり、ボーカル&ギタリストの男性だけは未だに現役でソロミュージシャンとして日本でも活躍しているようだ。ベースの彼はどうしているんだろう。


長女も同じような部分にツボを刺激されるようで、女どうしの話ができるような年齢になったんだなぁと少しうれしく思った。
私がガキのころハマっていたものに、20歳も年齢の離れた長女がハマる、なんかおもしろいなぁ〜、やっぱ親子なのかなぁなどとも思ったりして。

インターネットが出来る環境にあって、当時手が出なかったレコード(古っ!)もCDになっていてネットで手に入るし、画像も映像も見られるし、ほんと嬉しい限り。
好みが同じな同性の友達が身近にいないので、長女と動画を見てうをーーーーーーーーーーっとなるのが笑えて楽しい。

ストレイ・キャッツをご存知で、ハマったことがあるという方、もしいらしたら熱く語りませんか?(笑)



posted by manmosu at 15:46| 沖縄 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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